プラセンタの起源と発祥地

プラセンタの起源と発祥地

プラセンタの起源と発祥地

美容に効果が高いと言われている、「プラセンタ」の起源は古く、紀元前4世紀に、「ヒポクラテス」によって、医療目的で治療に使用されるようになりました。

 

それ以前からも、野生動物は、この「プラセンタ」の効能を既に知っていたとされ、出産時に、プラセンタの原料である胎盤を、「出産の匂い消し」「外敵から身を守る」と言う目的の他に、「産後の体力回復」として食していました。

 

その後、紀元前70年頃になると、絶世の美女と呼ばれた、古代エジプトプレオマイオス朝最後のファラオである、「クレオパトラ」が、美容の目的として使用していたと言う説が残されています。
他にも、中国の「楊貴妃」や、フランス国王ルイ16世の王妃「マリーアントワネット」等にも広く愛用されていました。

 

古代中国では、プラセンタは、「紫河車」(しかしゃ)と呼ばれ、滋養強壮や不老長寿の薬として珍重されるようになりました。
その後、日本へは江戸時代に渡り、この「紫河車」を混ぜた「混元丹」と言う薬が、加賀の三大秘薬として広く知られるようになりました。

 

1930年代に入り、戦争で負傷した兵隊の為に、胎盤は「兵士の負傷を治すのに有効である」とされ、「プラセンタ治療法」が確立されました。
その当時は、直接胎盤を皮膚に埋没させる治療法で、現在の物とは少し変わっていたようです。

 

日本では、第二次世界大戦末期に、この胎盤を用いた治療法が研究され、確立されるようになりました。
戦後、日本では、出産時の栄養失調や、乳児の発育不足に深刻に悩んでいた事もあり、「プラセンタは栄養の宝庫」として、研究が進められるようになりました。

 

現在に至っては、医療、美容ともに、「胎盤からエキスを抽出して使用する方法」が一般的となり、医療に関しては、高度な治療法が確立されています。


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